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Hōkele Malama Columns

親ページが「Residencial Azul」から「Hōkele Malama」に変わったので、このBlogのタイトルも変わりました。渾身の(とまではいかない)Columnページです。

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サウダーデとか懐古とか「あの頃」とか

いらっしゃいませ。

今朝、朝の番組で「昭和」ブームに乗って「昭和クイズ」 見たいな本が出た、って紹介していた。

「昭和」っていうのはご存知のように62年間あった。 「昭和がよかった、懐かしい」っていうのはあくまでも昭和40年代のことらしい。要は、高度成長期で、輝く未来を何の疑問もなく受け入れるくらい、まだ人々がナイーブであった時期。


オリンピック、万博、新幹線...どんどん鉄道や道路が広がっていったけれど、高層マンションの森はまだなく、 子どもであった私たちは暗くなるまで家の前の原っぱで遊んで、家々の窓から夕食の匂いと、母親たちが自分を呼ぶ声が聞こえると、一人二人と夕闇に消えていった。


確かに、個人的には懐かしいと思う。けれどそれは、自分が子どもであったことの方に強く結びついている感情であって、 その頃、時代を強く感じて生きていたわけではない。


じゃあ、あの頃を懐かしむのは、父や母なのか? 彼らはまだ年若く、家族を抱えて生きていくのに必死であったし、近所づきあいが濃密であった時代は、確かにいい面もあるが、特に嫁たちにとってはしんどいものでもあった。母は今でもそんな話をする。
懐かしい、と思っても、やはりそれも個人的なことであるように思う。

じゃあ、今誰があの時代そのものを懐かしいと思っているのか。 まあ、「ブーム」というのが全ての回答になるとは思う。 個々の思いが集約されているのではないっていうことは、 まあ良心のある人ならわかる。

今の時代をすべて批判するのもどうかと思う。確かに色々なことが行き詰っていて、逃げ場のない社会が出来つつある。
でも、例えば私のような女が、ちゃんと仕事を持つことができて、それを支えてくれる家族や社会がある、なんてことは「昭和」には考えられなかった。母のような生き方しかないのかなと懐疑した10代、別の生き方があるはずだと、もがいていた10代。生きにくかったのも確か。

じゃあ、今本当に生きる選択肢が多くてみんながハッピーかっていうと、それはそれで違うけれど、右にならえで、 昭和を懐古する、っていうのはちょっと恥ずかしい。

若い人が、昔の文化や作品に触れることはいいことだと思う。 でも、同じものをなぞっても意味はないと思う。
たまたま、ダンナが昭和どころか100年200年前に出来たような音楽をやっているが、60年代から現代までのポップ、ロック、それに紐づくルーツミュージックを、日常的に普通に聴いてきたことで、20代の男の子たち(!)の表現になっているように思う。自分の生きている時代、その時代を生きている自分のエッセンスがない、ただ古いものをやってます、的な若い人の表現、作品はちょっと辛い。 まあ、昭和をブームでやっていることと、あんまり変らない。

ダンナの部屋のMDケースに「1997年ベスト」って書いたやつがあったので、こっそり(でもないけど)聴いてみたら、 なかなか合格点のセレクション・センスであった。あは。


3 November, 2006
junco

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女性
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被写体に恋をしたらシャッターを押し、フワフワしてきたら文章を書き、もわもわしてきたら花に水をやっています。
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