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Hōkele Malama Columns

親ページが「Residencial Azul」から「Hōkele Malama」に変わったので、このBlogのタイトルも変わりました。渾身の(とまではいかない)Columnページです。

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中崎町から徳島へ

いらっしゃいませ、

先月・今月と、大阪でひとイベント終ったその足で徳島、っていうのが続く。今回は船。
中崎町から(和歌山港まで行って)船に乗って、徳島に着いた♪

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※ 中崎町 Tina Lenteで、ひそかに見つかる「ポルトガル」。
(もちろん、「ひそかに」ではなく注文すればちゃんと飲めますが...)





その日の朝は、徳島は初雪だったらしい。翌日目が覚めると、今までで一番かと思われる眉山の美しさ(未だにIMEは”びざん”をちゃんと変換してくれない。)。空の広い徳島の田園の中でちょっとしたイベントがあり、ファドの伴奏をお手伝いする。初めてインスト曲弾いた。びびったけど。この曲、よく伴奏の人が「走る」のだけれど、これだけコード換えの多い曲でハイスピードで弾ける人は逆にすごい。

そのあと、いつもの「徳島ファド教室」なのだが、この「いつもの」が続くも続いた2年半。継続というのはすごい。今回は私が初めて弾く曲を合わせたり、2月の徳島ジャズ・ストリートの曲順を決める。考えたら11月のFado Vadio以来あまり練習する余裕がなかった。最近というか、元々の私の傾向なのか、過ぎて行ったいろいろなことがらが「もやもやとした衣の中」にくるまって固まってしまうことがある。9月までの生活がそんな感じ。それからゆっくり過ぎたはずの秋の日々も、新しい衣をつくりつつある。なんか、卵や繭みたいだ。でも、過去の衣から新たに何かが生れることはない。っていうことは...、あ、ご飯食べてる人もいるかもしれないからやめとこう。
嫌なのは、その衣の中から、どうでもいいことだけ「ポン」と出てきて私をコツコツ叩くことなのだ。そういうやつを追い払うには、新しい日々と新しい事柄。そう思いながら、ギターケースを開ける。

夜の船で再び和歌山へ向かう。お遍路さんツアーがあまりないこの時期は、船の中がのんびりしている。ちょっと疲れがたまってる。でも、転んでもただでは起き上がらない私は、キャリーバッグに大量の直売野菜を詰め込んでいる(なんか、比喩の使い方を間違っているような気がするが。)

さて、徳島ジャズストは2月22日。ひと皮むけないと。

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快楽と冒険

いらっしゃいませ、
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「引越し先には近所に図書館がある」と以前書いたのだけれど、本の数がそれほど多くないので、読みたいと思っている本がなかったり、出会いを求めて本棚の間をくるくる廻るのだけれど、さほどの収穫がない。3冊ほど借りて、それもぐいぐい読んだので2週間で返すことができたけれど、この2週間のタイムリミットというのがけっこうプレッシャーになる。


第四の手」 ジョン・アーヴィング
街道をゆく 阿波紀行・紀ノ川流域」 司馬遼太郎
オリンピア ナチスの森で」 沢木耕太郎

「街道をゆく」では、紀州「雑賀寺」の部分でふと顔を上げた。

「あれ? 行ったことあるやんね、ここ」

去年、確か気の知れた人たちとバンに乗り込んで、和歌山ドライブツアーをした。うら寂しい境内と(確か工事中)、何かいてそうな墓地しか覚えてない。ああ、無知のままこういうところに行ってはやっぱりだめだな。とはいえ、雑賀寺に行くなんて全然頭になかったし、かといって行くと分かっていてピンポイントで司馬さんのこの本を選ぶのは不可能に近い。こういうときは、もう一度行くしかないのだ。

「オリンピア ナチスの森で」では、レニ・リーフェンシュタールのことと、彼女の「民族の祭典」のことを知る。

「え? レニ・リーフェンシュタールって、『ヌバ』の人!!?」
「へえー、『民族の祭典』って、単なる”ナチス万歳"オリンピックの話じゃないのか」

2冊読んだあたりで、自分の無知さを思い知るが、どんな瞬間も「新しいことを知るチャンス」を提供してくれる、この「読書」という、「人間にだけ許された『快楽』」にまたもやガツンとやられる。

なので、「本を読む習慣のない人」「一時期、本を読み漁った時期を経ていない人」っていうのは、共感できない人が多い。私の世代は、子供の頃から普通に本を馴染んできている人が多いけれど、ある年齢層の人たちにはけっこうこういう人がいる。もちろん、今は映像やネットなんかで、いろんな知識欲は満たせるかもしれないけれど、その深みや、冒険にも似たときめきは本にはかなわないなぁ、って思う。

さて、図書館の本を読み終えた後は、

「読みかけで積んどかれてる本を、ちゃんと読み終わる」

という課題を自分に与えてみた。

自伝の小説」 李昂
ピギー・スニードを救う話」 ジョン・アーヴィング

「自伝の小説」は、まあ読むのはきつい。いろんな理由があるので、ここでは述べないが、まあ内容そのものも重い。なので、仕事から帰って、夜寝床で読むにはあまりにしんどく、放置されていたのだ。今回もきつかったけど頑張った。全く知らなかった「謝紅雪」という人の存在を知る。この本を読んだ後、台湾の歴史や中国との関係を、今までは「点」で捉えていたことに初めて気づいた。この本は1人の女性を通して、「線」としてそれらを再考できる。それによって、私自身の意見や気持ちが変わることはないのだが、新しい視点を得たことで、その意見や気持ちの「層」が厚くなったように感じた。これも、醍醐味。

「ピギー・スニードを救う話」はどうしてほったらかしになってたんだろ。短編集だから、いつでも読めると思ってほっておかれたのかなぁ。いやあ、アーヴィングは短編も面白い。淡々と風景や心象が流れて、何事も起きずに「思わせぶり風船」がフワフワ舞うような短編も多いけれど、ちゃんと短い中に色々な事件を混ぜ込むこの筆力はさすが。だってこの人、長編の中で登場人物が書いた「短編」を入れ込んじゃう人だもの。「ペンション・グリルパルツァー」は、「ガープの世界」の中でガープが書いた処女作。その後の「ホテル・ニューハンプシャー」のエッセンスも楽しめる一品。この短編のフルコースは美味しかったです。

そんなこんなを書いていたら、また本を探しに行きたくなった。図書館、本屋、そして自分の本棚。人に「面白い本ない?」って聞くのも楽しい。自分探しより絶対ためになる、本探しの旅。

幻の動物園

いらっしゃいませ、

箕面の一の橋を渡って小道を登っていったところに昔動物園があった、と私はずっと信じてきた。

minoh1.jpg先日、箕面にちらりと紅葉を見に行った際、一の橋のたもとで待ち合わせをしている間に、Kにその秘密を打ち明けた。

「昔、この坂の上に動物園があってん。」
「!」
「小さいとき行ったことがあって、なんかわからんけど『跡地』っていう感じの空間があって、子供の頃からなにかな、なにかな、って思っててん。でも、絶対なにかの跡やと思っててん。昔宝塚に行く前の動物園があったって、聞いて、絶対ここやと確信してん。」
「確認しに行こ!」

その日はもう暗くなりかけてきたので断念したのだけれど、っていうか、もしかして幼い頃の思い込みが増幅しただけの妄想なのかもしれないから、行くのが怖いのもあって...、家に帰って調べてみることにして、そのまま龍安寺までぶらぶら歩いて引き返すだけにした。

この道は、何度往復したことだろう。昆虫館がきれいになっていたり(かといって、絶対入らないし)、古い家屋がカフェ風になっていたり、公園から遊具が一切なくなっていたり、変化は幾つかあるけれど、道の角度や距離感はしっかり身体に張りついている。

そう、再び、猿たちが下りてきている。昆虫館のあたりまで来ている。観光客達はデジカメのフラッシュを煌々と焚いて猿たちを撮る。猿たちは興奮して雄叫びをあげる。

いっぺん襲われてみぃ。

幼稚園にあがるかあがらないかの年頃のとき、母と私は猿の集団に襲われた。猿が母の足を引っかいたことと、後ろを振り返ることもなく一目散に逃げていった兄の背中はしっかり覚えている。

hiyoshi1.jpg猿はこわいよ。「幻の動物園」探索も、もし猿に遭遇したらと思うと怖くて二の足を踏んでしまう。

私がそうだと思っている場所が跡地の一部であるのかどうかは調べきることができなかったけれど、

http://www2.city.minoh.osaka.jp/KOUHOU/MOMIJIDAYORI/MOMIJI0412/0412h4.pdf
http://homepage1.nifty.com/okonomigaki/200410/a1.html

当時の動物園の大きさを考えると可能性がないこともない。

たとえそうでなかったとしても、子供心に感じたあの「跡地感」、秘密の場所をひとつ見つけたようなあのときの興奮は大事にしておきたい。そんなことを思い出す、晩秋の午後。

宝塚から徳島へ

いらっしゃいませ、

「宝塚音楽回廊」というイベントにKとS君とTちゃんが出たので、お手伝い係りに。とはいえ、お招きイベントなので、特に何もしなくてもよいのだけれど、音合わせの時にTちゃんのバイオリンを弾いた。わー、このバイオリン高いのだ。以前、プライベートライブの時に、うちの甥っ子が使わせてもらったときはドキドキしたけど、自分が弾くときもドキドキした。壊したりしないか、じゃなくて、へんちくりんな音が出ないか...とりあえず開放弦をぎ~と弾いた後、ちょっと楽譜をなぞってみたところぐらいでやめる。あー、ドキドキした。

IMGP0504.jpg久しぶりの宝塚は、私の思い出の中の宝塚とはまったく違った代物なので、特に懐かしさは感じない。でも、武庫川はいいなあ。会場のホテルの大きな窓から、阪急電車が鉄橋を渡る絵や、水鳥たちがまあるく集う姿をずっと眺めていた。

お客さんもいっぱい入って、いい感じの午後を過ごした後は、大急ぎで徳島に移動。月に一度の「徳島ファド教室」が翌日にある。今回は、ギターのS君が初の四国上陸。ファド教室のギターもサポートしてくれるので、私は唄の練習に専念できるのだ。うむ。

バスは夜の淡路島(まっくらで何も見えない)を突っ切って、松茂でMT氏の出迎えを待つ。「魚類が食べたい」と、珍しくKが言うので、徳島駅前の「ゑび一」へ(にしても、ここのサイトはすごい...)。新鮮なサバのお造りや、煮魚・焼き魚・南蛮漬けなどを頂くが、極めつけは「幻の地酒」。珍しいお酒を入れたいと、山奥で酒造りをしている所に電話をしたところ、「えー」って感じだったそうで、これでも駅前でお店を構えているという自負をお持ちの店主さんは、たいそうがっかりされたそうだが、それでも色々粘ってお店に置くことができたのだそうで、しかしこれが、うまい!
日本酒をあまり飲まない私が、おっ、これは!と感じた(これって、誉め言葉になるのか?)。大丈夫。飲んだ人がみんな美味しい、って言ったし。でも、酒屋に置いたりとかはしてないそうで、「買いに行きます」とMT氏。がんばれ!お酒の名前は内緒、っていうか、忘れた。これも、大丈夫。MT氏は覚えているから。

iya.jpg翌日は、初来徳のS君のために、MT氏の運転で「日本のチベット」祖谷温泉へ。柔道の石井君がダライ・ラマ氏に人生相談をしたのにちなんで、というわけでもないけれど。
Kと私は3度目なのだけれど、2度目は温泉の改修工事にぶつかって入れなかったから、3年ぶりぐらいになるのだろうか。もう、ワクワクドキドキ、の割りに3度目で初めて車酔い。そのためか、その日に撮った写真は3枚だけ。

この頃「カメラと体力」についてよく考えるようになった。これについては、また別の機会に書きたいと思う。

徳島市内から祖谷への道を地図で見ると、(祖谷付近以外は)東からまっすぐ西へ、の旅路となる。司馬遼太郎氏の「街道をゆく 阿波紀行・紀州紀行」も同様に東から西への旅。まだ見ぬ土地に思いを馳せながらこのシリーズを読むのも楽しいが、すでに行ったところをなぞるのもこれまた趣き深い。かといって、知らないこともまだまだいっぱい。今回はこの本を道連れにしてみた。でも、車酔いしていたので、それどころではなかったなぁ。それに「徳島ファド教室」は15時から。それまでに戻らなあかんし。
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それでも、全員しっかり心も身体も温まって、再び西へ向かったのでありました。

ファド教室は例によって、「たい夢」の鯛焼きをほおばりながら。今の季節限定モノは「栗あん」。1人だけ「ジャーマンポテト」をむさぼるK。

私は曲目を変更していて、弾き語りで歌うことになったのだけれど、今回初めてポルトガルギターと合わせる。そんなん自宅でできるやん、と突っ込まれそうなのだけれど、実は全くしないのであります。基本的には1人で練習。気持ちよく唄ってると、時々隣室から「de の発音がブラジル」とか、「語尾の母音が強すぎる」とかかんとか言われるくらい。

教室でも歌ったのは1回だけ。他の人も唄うし、だらだら自分だけに時間を取ってはだめなのだ。その方が緊張感があってよい。私は好き。そうか、「今度はファドを唄ってみよう」っていうシリーズを書いてもよいかもしれない。でもそれは2月のジャズストが終ってからかな。

最後は「四国のうどんは未経験」というS君のリクエストで、「讃岐うどん」。よいのだ。ここは美味しいから。次はラーメンかしらね。

余談ですが、SSOKの食品売り場で、「金ちゃんの徳島ラーメン」5個入りセットが買える。ほんま、余談。

来月の徳島はリュックを持っていく。だってお茄子、てんこ盛りで100円やったんやもん。

茶の味

いらっしゃいませ、

涼しくなってきてから、よくお茶を入れます。阿里山(烏龍茶)→普洱沱茶→普洱沱茶→阿里山(烏龍茶)→普洱沱茶→日本茶、みたいなローテーション。お分かりの通り、中国茶が好きです。

59.jpgこれは、兄が北京出張のときに買ってきた普洱沱茶。なにぶん、ここ何年か騒がしい中国食品、実家の母などは「おみやげいらないから」と強く言ってはいたのですが、それはそれ、お土産はお土産です。確かに、その前の中国出張の時に買ってきた緑茶は、密封していない袋に入っていたし、何となく雑多な香がしたので、ほとんど手をつけなかったのだけれど、今回の普洱沱茶は、ちと違う。2年前、台北のお茶屋さんのワゴンセールで買い求めた普洱沱茶に比べると、包み紙といい(字入り!)、缶の高級感あるデザインといい、安全シールといい、「お、これは高そうだ」とぴんときたのでありました。(騙されてないか?)お味のほうも、柔らかい味がして、ふむふむ、やっぱりちょっと頑張ったのであろう、と、いつも訳の分からないお土産を買ってくる兄を、初めて(心の中で)誉めたのでした。

阿里山(烏龍茶)の方は、友だちの台湾の友だちに(ややこしいね)頂いたもの。日本のように茶色くない烏龍茶です。サントリーの烏龍茶を思い浮かべてはだめ。全然ちがうのだ。この違いを体感したい人は、台湾に行くか、南京町でちゃんとした高い烏龍茶を買うか(ワゴンの中の「くず茶」はだめ!)、うちに来てください。

実は、サントリーの「黒」も嫌いじゃない。脂っこくて味の濃い外食の後は、うろうろと「黒烏龍茶」を探してしまう。
日本の飲料水メーカーのほとんどの商品が「日本茶」になってしまって寂しいことは寂しいですが、ちゃんとお茶から入れる楽しみは続けている。ちなみに、中国茶はノンカロリで、日本茶は栄養価があります。

阿里山がなくなる頃、また台湾に行きたくなるような。今度は台中・台南・高雄を旅したい。頑張ってマイレージを貯めるべくカードでお買い物をする(クレジットカード付きマイレージカードなのです)。行く度に、お茶屋さんでお茶の入れ方をレクチャーしてもらったり秤売りでどっさり買ったり、茶藝館でゆっくり時を過ごしたり、お茶をめぐる旅を楽しむ。

ちょっと贅沢だけど、ご褒美に、いいかなぁ。

リアルタイムとゲームっ子とビギナーズラックと

いらっしゃいませ、

春頃に、結婚したばかりの友人夫婦のお宅にお邪魔したときに、競馬の話が急に盛り上がった。新婚の友人夫妻は競馬は全く未知。盛り上がったのは、Kと、もう一組のお呼ばれ夫妻のT君(新婚夫妻とKとT君は小学校の同級生)。かれらは「ダビスタ」世代である。孤高の私は、「リアルタイム」世代である。

keiba_taro3.jpg話をはしょって、この3組で競馬を観に行こう、となってそれがこの秋、実現した。ネットから馬柱を印刷してレースに臨むK。T君も前の晩からかなり研究してきたらしく、眼も血走っているような、ないような。ビギナーズ夫妻は、のんびりとした風情の中にも、未知の競馬場にかなり期待をもってる。

私はといえば、「100円が100万円ぐらいになればいいな、」と。なるわけがない。

私自身も競馬場は1年ぶり。去年の今頃は寒かったなぁ。もう1年たつのか。あのときは前の家だったなぁ。とか思いに浸る暇もなくレースは進み、少しワイドで小銭が戻ってきた以外は、じゃらじゃらと小銭が出て行く。Kと競馬に行くようになってからはこのスタイル。8レースほど100円~300円を賭けて1日楽しむ。それ以前は、重賞のメインレースだけかけて、あとは飲んだり食ったり、馬を愛でたりして過ごしていた。どちらも映画に行って、帰りにご飯食べて帰るのと同じ感覚。空は高いし、馬は可愛いし、最近はほとんどの場所が禁煙だし、よりいっそう子供連れも増えているし、暖かい季節を過ごすにはいい場所だなって思う。(寒い日はとことん寒い。お薦めしません。)

初めて競馬場に来る人にいろいろ説明するのは楽しい。ほとんどの人は楽しんでくれる。おまけに、今回はビギナーズ・ラックがあった。三連複1点買いなんて、KやT君はしないものね。んー、できないか。

keiba_taro2.jpg私もいろんな人を競馬場に連れて行ったけど、当たらないのがくやしい!って言い出して、全部の馬に単勝で100円づつ賭けた人がいた。確かに絶対当たるのだけれど、これって面白いのかしら?って思った。帰路は機嫌悪かったしなぁ。こういう人は向いてないか、もしかしたら大きなのをその後当ててたかもしれないね。まあ、二度とその人とは行かなかったけど。

やっぱり、楽しんでくれる人がいいね。馬がかわいそう、って言われたら、それはそれでしかたがないし。でも、馬って走るの好きなんじゃないか、やっぱり、って思う出来事があった。障害レースで騎手を振り落とした後、馬のほうは一向に止まる気配もなく、止めようとする人たちを振り切って、レース後コースを2周り以上したのだ。なんか、楽しそうだったな。軽いし、「行くな」「行け」とか勝手なこというやつがいないんだもの。

keiba_taro1.jpgさて、今回の3夫婦による「ぱっぱかぱーの会」、2弾3弾はありやなしか?
男衆はやる気満々の様子が背中から窺える。

暖かくなってからだね。次は阪神がいいなぁ。


天文館の夢は夜開く

いらっしゃいませ、
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「この駅、昔は『西鹿児島駅』だったんですよね。」という会話に、シティービュー(鹿児島市の観光コースを巡回するバス)の運転手さんが反応する。

「何年前に来られたんですか?」

ウン十年前とは言えないので(言っても別にいいんだけど)、「だいぶと前です。」って答えると、西鹿児島駅が「鹿児島中央駅」に変わったのは3年ほど前とのこと。あと3年待つと、この駅に新幹線がやってくるから、大阪から近くなりますよ、って嬉しそうに言われた。今でも十分近いんですけどね(伊丹空港から1時間10分)、とは言わずに、にこにことしている。

この街は、ニコニコとしていられる、気持ちのよい街だった。ことばの抑揚が、知らず知らず人の心持ちをゆったりさせる。あんまりゆったりしすぎていて、隙だらけなところもあって、それはそれでまあいいか、と。

「鹿児島中央駅」が「西鹿児島駅」だったころ、「天文館」という地名に少しわくわくしながら1人でこの街を歩いた。夜行列車がでるまでのほんの2,3時間だったけれど、「天文館」というのは今は商店街の名前として残っているだけで、天文台とかそういうものは特にないことに少々がっかりしたり、鹿児島ラーメンがけっこう高くてびっくりしたり、パイナップルジュースがオレンジジュースより安くて感動したり、お土産の「かるかん」は、餡子入りのを買ったり、まあそのような健全な夜。
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そういえば、夜行列車で隣り合わせた人が、「ボクは、北海道で医者をやっていて、中島みゆきとは幼馴染なんです」とか言ってたなぁ。ファンじゃなかったので、あまり反応しなかったんだけど、後からもうちょっと感激してあげたらよかったかなぁ、と反省したりしたっけ。まあ、今でも多分反応しない。

考えたら、あれが生まれてはじめての一人旅だった。

ウン十年後の鹿児島は、とてもニート(きれいという意味ね)だった。市電のレールの周りに芝生が植えられていて(ヒートアイランド現象防止のためらしい)、それがカラフルな市電の色と混ざり合って、おしゃれ。ゴミもあまり落ちていないし(ボランティアで拾っている人をよくみかけた)、地方都市(県庁所在地)にはいろいろ行ったけど、人もたくさんいて、全体に元気で豊かな印象を受けた。市電といえばリスボンだけれど、街はお世辞にも美しいとは言えない。「サウダーデ」とかで「小汚さ」をごまかそうとせず、もうちょっと何とかしたら、って思う。観光立国なんだから。鹿児島を見習ってさ。

e198e2c7.jpeg鹿児島ラーメン、黒豚しゃぶしゃぶ、きびなごのお造り、さつま揚げ、かるかん、城山エール(地ビール)、しろくま(カキ氷)...プラス、城山公園、磯庭園の人知れぬ(地元の人は知ってるけど)山道も歩いてもみる。堪能してるなぁ。

帰阪してから、まだからだがゆったりしている。大阪市内のビジネス街で、かなり人迷惑な動きをしてしまった。ああ、大阪って、みんな歩くの速いねん。

カナダにいるお友達に、「天障院キティ」を送った。「Geisha」と間違われませんように。

「安安の夏休み」を過ごす

いらっしゃいませ、

安安の夏休み」は、映画「冬冬(とんとん)の夏休み」の原作。なぜ「安安」が「冬冬」になったか?っていうのは分からない。

「冬冬(とんとん)の夏休み」は、台湾の巨匠、ホウ・シャオシェン監督の80年代の作品である。この原作を書いた朱天文さんは台湾で人気の女流作家だそうで、私も他に「台北ストーリー」「荒人日記」を読んだことがある。昔から、ホウ・シャオシェン監督と一緒に脚本を書いたりしていたそうなので、映画はこの原作の細部まで、いやそれ以上に丁寧に作られていて、原作がノベライズではないかと思うくらい。

お話はとてもシンプルで、母親が出産間近なため、夏休みに田舎の祖父母の家に預けられる幼い兄妹の小さな成長物語、といった風情。

その中で、懐かしさを特に覚えるのが、祖父母と孫達の関係。大人たちは幼い子供たちが来たからといって、特に生活習慣を変えたりはしない。大人が決めたルールを子供たちがやぶると叱るし、子供たちもやっぱりやりたいことはやりたいわけだから、大人の目を盗んでいろいろ悪さをする。けれど、祖父母(特に祖父)に対して、子供たちは敬意を持っている。「認めて欲しい」という切ない気持ちも持っている。そしてまた、子供たちの純粋な思いや好意に、大人たちの色のつきすぎた心が少し溶け出したりする。

そんな関係が懐かしい。私が幼い頃、祖父母は私たち孫を「猫可愛がり」はしなかった。孫の言いなりには、絶対にならなかった。悲しいぐらい・・・。そういえば、父が孫を叱り飛ばしているところをみたことがない。できないのだろうな。だから親以外の親族で怒鳴っているのは私だけ。ほほ。

そんな懐かしい思いと、日本の旧き農村に似た風景を感じながら読むと、さらにじわじわくる物語である。それをそのまま映像で味わうことができるのが「冬冬の夏休み」(映画)。

TSUTAYAのアジアコーナーに出かけていって、その95%が「韓流」と「台湾コミックドラマ」である事実に、ガラガラとその思いは崩れ去り、とぼとぼと家路へ向かうのでありました。セルビデオではあるようです。秋の夜長にはちょうどここちよいかもしれないな。

Webに日記をかくこと

いらっしゃいませ、

「Webに日記を公開するなんて、考えたら恥ずかしいですよね」
実際にWebに日記を公開しているあるお友達のコメント。彼女の日記は非常に楽しく、思わず微笑んでしまうこともしばしば。そんな人の発言。でも、そういうことを全部飲み込んだ上での「創作」であるから、彼女の日記はひとつの「日記文学」として受け入れることができるんじゃないかな、って思う。

ブログやSNSの出現で、日記を公開する人々が激増した。Web作成用のソフトを使って、マニュアルと首っ引きになりながら、試行錯誤しながら、Webページを作ってきた時代とは隔世の感がある。

その分、そんな時代にネットに入ってきた人の「無防備さ」「無邪気さ」には、余計なお世話なんだけれど、ハラハラしたり、赤面したりすることがある。

もちろん、ネット原始時代から居る人々の、いまだ「牧歌的」な利用の仕方にもハラハラしたりする。まあ、きっと今までネット社会とうまく付き合ってきて、いやな思いをされたことがないのかな、それはそれで、とは思う。

私自身、インターネットを始めて10年以上が経つ。傷つけられたことあるし、傷つけてしまったこともある。未だ模索中なのかも。

「ブログ」は、「日記としても使える」というだけのことなのに、その様式から「非常に個人的なことを書くところ」のような安っぽさが払拭できない。だから、自分を含めて自分の身の回りの人のこと、思い込みによる裏づけのない事実なんかを、自意識過剰気味に何からなにまでそこにさらけ出すことで、書かれたすべてのことの品格を下げてしまう。そんな危険性も伴う。

「無防備で無邪気な」人たちがよく言うのが、「うちのブログを見に来る人なんて、友達と家族ぐらいだから」。いやいや、キーワード検索をすれば無数の個人ブログが引っかかってくる。読む人が少ないからと、書く内容や載せる画像を考慮しないのはあまりにも無責任。もうこの牧場は落とし穴だらけなのだ。見る人を少なくするためであれば、パスワードで制限することだってできるのだから。

もちろん、ブログを日記以外に使う人は多い。会社や店の宣伝。すでにパブリックになっていることへの批評。グルメレポートやクチコミなどは、ネットが生んだ有用なもののひとつだとは思っている。それを受け入れるか受け入れないか、受け手の問題も含まれていることだし。

最近、そんなこんなを考えることがあり、「やっぱり『ブログ日記』はやめよう」と思った。以前の「Reception」のように、「創作」を目指そうと思った。独自のスタイルを持つ創作として成り立つ「Web日記」。

写真と文字の実験場として始めたこのページだけれど、それも今ちょっと休憩している感じ。

まあまあ、焦らずゆっくりやろう。たかがWeb、されどWeb。考えさせられることは日々多い。
もちろん、楽しいからやっているのだ。

ネットを全然やってない友人のKちゃん。
「インターネットで日記書くなんて、信じられへん。よう、あんなことするわ。恥ずかしい」

ほんまや、Kちゃん。

身体の修復

いらっしゃいませ、

久しぶりに、以前住んでいた街の整骨院へ。左腕の付け根がずーと痛くて、日常生活にも支障が出ていた。痛めてからテニスはやってないけど、影響あるとすると、トスアップとバックハンドのときかなぁ。
近所には保健適用のところが見当たらず、古巣へ通うことになる。

ついでなので、同じくよく通っていたスーパー銭湯で身体を伸ばす。ああん、ぜいたく。
体重計に乗ったら、今週に入って1.5Kg減。いい感じやね。
後は、出て行くものがちゃんと出て行ってくれるようにしなきゃ。漢方薬を飲む。

先週ぐらいまではなんと言うかまだ体中が、ずーんとした黒いものに覆われているようで、気分が悪かったのが、今週は割りとすっきりし始めた。身体の修復が始まっている。

久しぶりの外食が、濃すぎに感じた。これもいい兆候やね。

明日は、Kが京都のカルチャーセンターでファドの講義をするので、そのお手伝い。日曜日は、万博公園でロハスフェスタがあるので、近所に住む幼馴染の一家とゴロゴロする。

月曜日は徳島ファド教室。

実は、こっそり唄う練習してる。身体の修復に伴って、気持ちも、いい感じ。

プロフィール

HN:
DonaT
HP:
性別:
女性
自己紹介:
被写体に恋をしたらシャッターを押し、フワフワしてきたら文章を書き、もわもわしてきたら花に水をやっています。
写真のこと、旅のこと、本のこと、言葉のこと、音のこと、などを描いて撮ってます。

ついったー

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